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2008.10.08:フリータウン

2008.10.08:フリータウン

10月8日(水)。

今日は再びローケル・キャンパスへ。朝8時、いつもより早くシャノーさんがやってくる。

僕の朝食兼昼食を作ってくれていたロイスは慌ててアイスクリームの空き容器に詰めて弁当にしてくれた。

ローケル・キャンパスへ行く途中、フリータウンの中心街を抜ける。この辺りはアルフレッド家の周辺よりもだいぶ混雑していて、壁一面にジーパンを貼り付けた服屋や、派手な配色の携帯電話の広告が目に付く。

また、シエラレオネは失業率が9割を超えているためか、昼間から街のあちこちで座り込んでいる人たちがいる。

その中には、両手首の先がない人がちらほらいて、終戦から10年近く経った今でも、内戦の傷跡が残っている。

ローケル・キャンパスに着く前に、途中のコミュニティにて病気療養中の先生に会いに行く。シャノーさんが携帯でパラマウントチーフに了解を取り、コミュニティに入る。

その先生の自宅に着くと、弟さんが出てきて案内してくれた。僕らが部屋に入ると、ベットに横たわっていた先生は起き上がり挨拶してくれた。とても人のよさそうな年配の男性だった。

左手がパンパンに腫れ上がり麻痺しているらしい。部屋中に治療のためと思われる塗り薬のにおいが漂っていた。

シャノーさんは保険に関する書類を取り出し、先生に記入してもらっていた。他の先生達にも、これからこの書類を配りにいくらしい。

先生の部屋を出るとき、先生に「わざわざ来てもらったのに、こんな状態で申し訳ありません」と謝られ、僕も大変なときにお邪魔してしまったことをお詫びした。

先生がとても悲しそうな顔をして、「また来てください」と言っていたのが印象的だった。

それにしても、病気の人の多さが気になる。ゴッドリッチの先生だけでも2人、アルフレッドの家族では現在、フィッツ、アルフレッド、アルフレッドたちのおじさんと順番に風邪が回っているところだ。そして、シャノーさんも僕が来てからずっと風邪気味で咳き込んだりしている。

正直な話、水道が頻繁に止まる(というか水道から水が出ることがあまりない)ので充分な水が確保できず、調理も屋外でするので、衛生状態はあまりよくないように思う。手を洗うのにも苦労するし、食器も白く濁った水ですすぐだけという状態だ。

「インフラが整って24時間使えるようになったら、もっと観光客も増えてフリータウンも潤うだろう」とシャノーさんは言っていた。

同時に「今の状態ではせっかく来てくれても、まずは安全確保を第一に考えなくちゃならない。それが悲しい」とも。

ローケル・キャンパスに行く前に寄り道していくことにした。アスファルト舗装された道を逸れ、途中のコミュニティをさらに奥の方へ進む。

シャノーも来るのは10~15年ぶりだという漁師のコミュニティ。「貧しいコミュニティだから車から出たら荷物に気を付けて」と注意を受けて車を降りる。

一斉に子供らが走り寄ってきて「アパトゥ、アパトゥ」と声を掛けてくる。彼らに取り囲まれながら、大人たちが働く砂浜の方へ。

このコミュニティでは、漁と共に家を建てるときに使うブロックを作るための砂も海からとってきて売っている。浜には水揚げされた魚と、盛り上げられた砂の山がいくつもあった。

このコミュニティには僕のような人間が来ることは珍しいらしく、僕を見てちょっと驚く人が多いが、挨拶をすると気さくに返してくれる。波打ち際まで歩いていくと女の子達が魚やエビやカニをザルに入れて海水で洗っていた。

シャノーさんに「日本では魚を生で食べるんだろ?」と聞かれ「うん。よく知ってるね」みたいな話をしたり、「カニはどう食べる?」とか「エビは?」とか「この魚知ってる?」とかそんな話をしていたら、近くにいた女の子がエビを持ってきて俺の手に握らせてくれた。このコミュニティの人は、比較的フレンドリーに感じる。

シャノーさんは奥さんの大好物のカニを大量に買い込み(5000LE≒200円)、「フリータウンの街中じゃこの値段では買えない。コミュニティではこういう買い物ができるんだ」と嬉しそうに言っていた。

買い物も済んで、ローケル・キャンパスに向かう。

到着したときには、子供らは授業が終わり、校舎の裏の仮校庭で遊んでいた。俺らが来ると気付いた数人の子供が突進しそうな勢いで走ってきて取り囲む。

そして俺の10本の指全部に一人ずつ掴まり、校舎の方へ俺を引っ張る。昨日右手の親指ケガしたのだが、そこをギュッと掴まれてとても痛かった。

子供たちは帰りのホームルームのために、また教室に入っていった。静かになった校舎の前で、シャノーさんは「今日はここの先生の研修日なんだ」と教えてくれた。

シャノーさんは定期的に両方のキャンパスの先生達に研修を行い、先生達の疑問や悩み、要望を聞く。それについて話し合い、出来るだけ解決できるよう努力している。

そのセッションの中でシャノーさんはウォルドルフの教育方法(※1)について教師用の教科書を使って講義し、授業内容の改善を図っている。僕が持ってきた教材もこういうときに使われるそうだ。

研修の邪魔になるといけないので、数枚写真を撮ったあと、外に出た。前回の訪問時に気になっていた。設置工事中の水洗トイレを見に行く。

すでに骨組みは完成していて、下手したら校舎よりも頑丈かもしれないと思った。このトイレは、ちゃんと男子用、女子用が分けられる予定で、そして何と言っても水洗だ。

地面には深い穴が掘ってあり、その上にコンクリートの蓋がしてある。その蓋に小さな穴が開いていて、そこに将来的には水洗用のパイプが通る。このトイレのおかげで、衛生状況が改善されるそうだ。

そのあと校舎の方に戻ると、ホームルームが終わって外に出てきた子供たちにもみくちゃにされた。

そしてまた「今度来るときには食べ物持ってきてね!」と口々に言って子供らは帰ろうとする。

そういえば僕は今日、食べ物を持っているのだ。近くにいたキャンパスのスタッフに許可をもらい、ロイスが用意してくれた弁当をみんなで分けて食べてもらった。

子供達が帰って静かになった校庭で涼んでいると、研修を終えてシャノーさん達が出てきた。

シャノーさんに、なぜローケル・キャンパスの子供たちは食べ物のことばかり言うのか(ゴッドリッチの子たちは言わないので)尋ねてみた。

「ローケル・キャンパスはまだ立ち上げたばかりで、現在もまだ建設中なんだ。完成は5年後でまだまだ先だし、今は正直資金繰りが厳しい。残念ながら、今はの子どもたちの給食にまで回せるお金がないんだ」ということだった。

給食を出すとなれば、毎日の材料代、それから調理師の人件費も掛かる。しかも30人分の食事を用意するとなると、結構な額のお金が必要になってくる。校舎の諸々の設備建築中の今の状況では、なかなか厳しいみたいだ。

帰りにはそのままお金の話をした。フリータウンへ来た国連関係者が落としていくお金でシエラレオネの経済が多少潤ったが、その分物価が上昇。

しかし失業者は減らないので、そういう人達はますます生活が苦しくなったということ。

現在学校の建設を手伝ってくれているボランティアの人達にはシャノーさんの財布から幾らかの謝礼を出していること。

「僕も楽じゃないけど、みんな楽じゃないからね」と、途中で買ったピーナッツをつまみながらシャノーさんは笑っていた。

フリータウン中心部まで戻ってきたとき、たまたまスーパーマーケットの前を通ったので寄ってもらった。残り少なくなった飲料水を調達しなくては。

シャノーさんには車で待っていてもらい、急いで買い物を済ます。ペットボトル入り飲料水3本、昨日の夜切れた懐中電灯用の単4電池を買う。合計31000LEだったが30000LEにまけてくれた。

車に戻り、帰路へ。途中で3件くらいケンカを見た。

※1 日本ではシュタイナー教育と呼ばれるドイツ発祥の教育方法。
シャノーさんの小学校ではシュタイナー教育を取り入れているそうだ。